2006.5.1
引窓



                                                                      島 健二


例によって撮り溜めたビデオで「双蝶々曲輪日記」「引窓」の場を見ました。

片岡孝夫丈の南与兵衛、沢村宗十郎丈の女房お早という配役が気に入ったからです。

濡髪長五郎は団十郎丈、母お幸は中村又五郎丈でした。

(他に二人侍が坂東吉弥丈と市川男寅丈)NHK葛西アナウンサーの解説で阪神大震災の年の顔見世と

言っていましたから平成8年の11月、京都南座の舞台です。

孝夫丈の仁左衛門襲名の2年ほど前、宗十郎丈の逝去の4年ほど前となります。


「双蝶々…」は長いお芝居ですが、最近では殆ど「角力場」とこの「引窓」しか上演されません。

中でも「引窓」が単独で上演されることが多く、良く出来ている芝居で、私も最も好む演目の一つです。


義理ある息子と実の息子の板ばさみになって苦しむ母お幸、この母の心を二人の息子、与兵衛と長五郎、

与兵衛の嫁お早がそれぞれ意を汲み取っての思いやりと解決、ストーリーの展開が共感を呼ぶのと、天井

にしつらえられた「引窓」を巧みに使った昼と夜との表現と役目を結びつけた巧妙なやりとり、見様によ

っては母お幸が主役とも云える芝居ですが、与兵衛も、長五郎も、お早も仕所は一杯あり、また嫁お早が

廓の出で言葉遣いにそれが出ていたり、見所が多いよく出来た芝居です。


先ず、孝夫丈の与兵衛が気合も充実して良い出来でした。

まだ仁左衛門襲名以前の、心身共に張り切っていた頃で、出先から戻って来て、抜擢され、名字帯刀を

許されて、亡父と同じ南方十字兵衛を名乗ることとなった嬉しさを語る喜び、母も妻も共に喜んで、

殊に妻お早が「今日からは侍の妻…」とはしゃぐところなど三者の意気も合い良かったと思いました。


二人侍の登場から、一転して、義理の弟濡髪を捕らえるのが与兵衛の役目と分かってからのお早とお幸

の狼狽、悲しみ、何とかして濡髪を無事に逃がしてやりたいと思う気持ちと、義理ある仲の与兵衛の手柄

を願う気持ちのせめぎ合い、お幸とお早の気持ちが的確に表現されていました。

それを感じ取って与兵衛の情愛に満ちた振る舞い等々、三者の演技は秀逸だったと思います。


この三者の好演にもたれる形となる濡髪役は演じづらいのか団十郎丈の濡髪は無難ではあるものの、凡庸

な出来と見えました。好演の三者の中で、最も光っていたのが孝夫丈で、文句のない与兵衛役でした。

宗十郎丈は私の贔屓目もあるでしょうが、この「引窓」のお早役はこの優のためにあるような役といって

良く、母思い、夫思いのしっかり女房振りと云い、廓出のお色気の表現と云い、ぴったりとはまっていま

した。又五郎丈の母お幸は、さすがに年季の入った評判どおりの良い出来でしたが、これは私の持論でも

あるのですが、歌舞伎の母親役はどうも老け過ぎです。

歌舞伎での約束事と云えばそれまでですが、他の役との年齢的な対比からあんなに老け過ぎる必要はない

と思います。今度、我等の嶋之亟丈がこの「引窓」のお幸役に挑戦すると聞きましたが、こんなに老け過

ぎないように演じてもらいたいと思いますが如何でしょうか?
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