2006.4.23
引越が済んで





                                                                             島 健二


マンション、「ポルテドール光が丘」への引越が無事に済みました。2006年4月12日のことです。

引越のため現在まだインターネットが不通で、メールが出来ませんが、ワープロ機能は働くので、インター

ネットの開通次第にメールしようと文章を打っています。


24年間お世話になったシルバーヴィラ向山から離れて、シルバーヴィラ社長のお兄上、岩城隆昌氏が経営

するポルテドール光が丘へと移転したのはズバリ「居住環境の変化」に生活態度の改善を求めたのです。

24年の間、特に不満などなく、会長、社長をはじめ従業員の皆様にお世話になって過しましたので

シルバーヴィラは良いところと皆が思っており、転居通知を見た友人たちが、不思議に感じて電話で問い合

わせて来ました。私は友人たちに次のように答えています。

『「老人ホームから老人支援型マンションへ」、これは確かに逆行かも知れない。私の場合は家内の没後、

私自身はまだ元気だったのだから、その時点でマンション生活を選択すべきだったかも知れない』と。

引き続き老人ホームであるシルバーヴィラにお世話になっていたのは、私自身に新たな事を求める行動力が

不足しているのと、久田恵さん著の「母のいる場所」的な感覚で、シルバーヴィラに「妻のいる場所」を重

ね合わせていたからでしょう。要するに「不精と甘えん坊」だったからです。

妻との思い出に生きながら、お年寄りたちに仲間入りしての新生活は、「奥さんに優しく尽してあげた人」

として、また「特別に若い人」として周囲のお年寄りたちに受け入れられ、私自身もその気になって、若手

としてお年寄りに頼られる嬉しさに楽しい日々を送って来たと云えましょう。


でも年月の経過に伴い、環境に大きな変化が生じて来たのです。

私を優しく受け入れてくれたお年寄りたちがだんだんと減って行くに連れて、ニューカマーの認知症の人達

が増えて、構成比率が変わってしまったのです。

大袈裟に聞こえるかも知れませんが、ロビーや事務所はこれらの方々に占拠されてしまったようです。

スタッフの方々の私たちに対する接し方が変わったわけではないのですが、どうしても認知症の方々に手数

が取られるので、若い健常者(私ももう八十の坂を越えましたから若くはないのですが、この世界ではまだ

平均年齢以下です)には手が廻りかねるのでしょう。

そこで、我々は逆に疎外感を受けて、孤独感を覚えるのです。

この一二年、どうも体調が悪く、事実次々と健康障害も起きました。

昨年暮から正月にかけては心不全、肺不全、腎不全のため、呼吸不全を起こし、肺炎が頻発して死ぬかと思

いました。腎臓の人工透析を受けたのが奏功して、ようやく元気を回復して来ましたが、これからの生活が

問題と考えて決断しました。

環境を変えてストレスをなくし、もう少し自立した生活を心掛けよう。

3度3度上げ膳、据え膳の生活にはまだ早い。幾分か自力で身の回りの事が処理できるうちは、出来るだけ

自分の力でやる生活に戻ろうという気持ちで環境の変化を求めたのです。

引っ越してまだ1週間足らず、出来るだけやってみようと頑張っています。
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