2006.2.15
勧進帳
例によって、気紛れに歌舞伎チャンネルに合わせたところ、ちょうどタイミング良く、「勧進帳」が開幕
するところでした。歌舞伎ファンは「勧進帳」が大好きです。
一番頻繁に演じられる演目の一つといって良いでしょう。
事実キッチリと作劇された良い作品で、私も大好きな演目です。
平成16年5月、歌舞伎座所演ですが、配役を見てオヤと思いました。
海老蔵の富樫、菊五郎の義経に対して、三津五郎の弁慶なのです。
このころ私は体調を崩していて、あまり芝居を観ていませんでしたので、初めは気が付かずに、
「珍しい配役だな」と思いました。
三津五郎丈の弁慶は始めてですが、何となく線が細いのではないかと思っていました。
観ているうちに、弁慶、富樫の気合の鋭さ、芝居全体を引き締める菊五郎丈の品位と格調の高い演技に
つり込まれて、こちらも熱心に気合を入れて観ました。
海老蔵丈の富樫は、気合と云い、絵画的美しさ、口跡の爽やかさと云い、祖父の11世団十郎丈よりも
ニンに合い、私の目に焼きついている15世羽左衛門丈に最も近い素晴らしい富樫でした。
10世三津五郎丈の弁慶は、線が細かろうという先入観を覆す堂々たる貫禄で、
富樫と渡り合う切迫した「問答」の素晴らしさ、義経を思う主従の情愛、四天王を制する力量など存分に
表現されていて申し分なく、更にこの優が舞踊の名手であることから、「延年の舞」は勿論のこと、
その舞台での動きのバランスが極めて良く、現在の中堅俳優が演じる弁慶の中では最右翼に位置するもの
ではないかと感じた次第でした。
それに加えて7世菊五郎丈が演じる義経ですが、前述のように、気品良く、格調高く、キッチリと舞台を
締めくくる素晴らしい存在感、とかく美しいだけのお付き合いの義経ではありませんでした。
久し振りに充実した満足感で観劇を終えた私は、最後に現れた「11代目市川海老蔵襲名興行」の表示に
「アッ」と気付きました。
海老蔵の襲名に「弁慶役」を務める筈だった父君12世団十郎丈が急性の白血病に倒れて、「弁慶役」が
急遽10世三津五郎丈に代役として廻ったのでした。
海老蔵丈にしても一大事、三津五郎丈にしても大変な代役、座頭格としての菊五郎丈にしても、いわば
「成田屋」の大切な襲名興行を団十郎丈に代わって取り仕切る、歌舞伎界を一身に背負う重大な責任を
果たす舞台だったのです。
出演者全員の気合が一つに纏まって、素晴らしい舞台を生み出したのも当然です。
それにしても三津五郎丈は見事でした。
突如降りかかった「弁慶」という大役、それも、ニンに合わないという危惧を感じさせる線の細さを克服
して、一つの新しい「弁慶」像を創出した功績は大きいと思います。
今後三津五郎丈の得意役としての、舞踊を素地とした美しい、流れるような型を持つ「ニュー弁慶」が
誕生したのではないでしょうか?
また海老蔵丈にも、父、祖父を超えて伝説的、理想の二枚目役者、15世羽左衛門丈に迫る、華のある役者
に育ってくれる期待が持てます。
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