2006.2.11
病から生還して



                                                                                                                                 島 健二




今回の入院は12月に11日間、1月に20日間でした。

呼吸困難に陥ったり、あのつらい人工透析の治療を受けたにも関わらず、私自身としては大したことでは

ないと考えていたようです。ただ、病院嫌い、医者嫌いですから「負けるものか」と気を張っていました。

病気を殆どしたことがないのと、嫌いなので、病気について知ろうとしませんから、容態の深刻さや重大さ、

治療の危険性などの判断が甘く、生来の暢気さから「大したことはない」と思ってしまうのでしょう。

必要以上に深刻に考えないのと、「負けるものか」と気を強く持つのは、神経質になり過ぎるよりも良いの

でしょうが…。



幸いにも順調に回復して、退院でき、後からゆっくり考えてみると、今回はかなり危険だったのではないか

と思いました。呼吸により酸素を摂取できないということは相当重大なことですし、腎臓の機能がかなり落

ちていて、肺や心臓周辺まで水に浸り、心機能も肺機能も不全ということは、いわゆる多臓器不全にかなり

近づいていたわけで、さらに80才という年齢を考慮に入れると、相当危険な状態だったように思います。

私には身寄りが極端に少ないのに、医師は「肉親の方に一応お知らせしておいた方が…」と拘ったわけです。


私は普段年齢のことなど考えもしませんし、常に「何とかなるだろう」と楽観的なのですが、

時と場合により、慎重に、深刻に受け止めて対処しなければ……」と反省した次第です。


それにしても人工透析は劇的に良く効きました。

手も足も、顔までもむくんで、体重80キロを超していたのが、たった1回の透析で、66.5キロまで

減量し、むくみがとれると共に、呼吸不全の症状も治癒してしまったのですから驚きました。

つらい、苦しい治療ですからもう2度と受けたくはありませんが…。



病から生還してみて、考え方が幾分変わって来ました。

あと何年の余命が残されているのか分かりませんが、残された日々を出来るだけ楽しく、充実して過すの

には、固定観念や先入観を持たないで、状況に応じて出来るだけ柔軟に対処することが必要です。

我々老人は、長年の経験から得た自分なりの身の処し方を持っていて、頑固にそれを押し通そうとする傾向

があります。いつも考え方が定まらないよりは良いと思いますが、

時には周囲の人々の意見にも柔軟に耳を傾けるのが必要ではないでしょうか?

厭なことは厭、嫌いなことは嫌いでよいのですが、

時に応じて考えを柔軟にして幅を持たせることが大切ではないかと思います。


自分が人生をかけて得た、信条のような絶対に譲れないものは守り通すが、

どうでも良いことには強情を張らず、周囲の方々の意見にも耳を貸すのが正しい身の処し方と思います。

頑固爺さんを止めた方が嫌われずに済むのではないかと思います。

心の迷いを整理して、残された人生を楽しみたいと思いますので、どうぞ宜しく……。

                                                                                                                                   目次へ