2005.8.6
オランウータン
島 健二
増田さんの「面白おかしく」を読んでいましたら、
久しぶりにこのシルバーヴィラでの「こぼれ話」を一つご披露したくなりました。
此処では絶えず色々な事件が起こります。
前にご紹介した人気者のミッチャンが足を骨折して入院されたことがあります。
老人、特に女性の方の骨折は怖いことで、骨粗鬆症のためにとても骨折し易く、
ちょっとつまづいて転んだだけで骨折となり、しかも治癒した後にそれがきっかけ
で寝たきりとなって次第に体力が衰えて、結局それが命取りとなってしまう場合が
多いようだからです。
ミッチャンがそんなことにならないよう私たちは回復を祈っていました。
流石に100才まで生きられたミッチャンは、元気に退院されて、それから何年も活躍
されたのですが、そのご退院のときに起きた「こぼれ話」なのです。
頭がツルツルで愛嬌者のちょっぴりエッチな小父さんのFさんが私に言いました。
『オイ、ヤツ帰って来てるぜ』Fさんがそんな口の利き方をするのは、
大いに関心がありながらあまり好意的でない場合です。
Fさんはミッチャンを決して嫌いではないくせに、あまり良く云わないのです。
「いい年をして派手な格好しやがって……」とか「目立ちたがりで……」とか云います。
それでいて、まめにミッチャンの面倒を見たりするのです。
屈折した好意を持っていたのでしょう。―閑話休題―
私はFさんの視線を追いました。
事務所の前あたりに、五六人のご婦人たちが食事をしていましたが、ミッチャンは
見当たりません。「何処に?」と訊ねると…、
「あそこだよ、ホラこっちを向いてメシ食ってるだろ」と言います。
よくよく見ると見慣れないオバアサンが一人いました.。
地味な格好で黙々と食事をしています。お化粧もしていません。
「エッあの人? まさか」とあらためてよく見ると姿変われどまさしくミッチャンでした。
その瞬間に私が連想したのはオランウータンです。
髪はまばらで薄く、小さめな面長な顔に愛らしい小さな目、何の飾りもないその顔は正に
オランウータンそのものでした。
声を掛けるのも憚られて、知らん顔をしていました。
何日か経って私たちの前に現れたミッチャンは、入院前ほどではないが、ある程度お化粧
をし派手な洋服を着たミッチャンでホッとしました。
でもこの時を境にして、かつらをかぶり、伊達めがねを掛けたド派手なスターではなくな
ってしまったのは残念でした。
この「こぼれ話」は、シルバーのスターとしていつも派手に明るく振舞ったミッチャンの
イメージを壊すようでご披露しないでいたのですが、考え直しました。
増田さんや私が気を奮い立たせるために「何かオモロイことおまへんか?」と
くだらないことを云っては「面白おかしく」過しているように、
100才に手が届こうというミッチャンが、
厚化粧にかつらと伊達めがねで明るく楽しくスターで通したのはある種の老人の知恵で、
なりふり構わず老醜をさらして生きるよりも良いというミッチャンの美学だったのだと
考えて、もうミッチャンを噂話でしか知らない方たちにご披露してもよいと思ったからです。
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