2005.1.16
発明の対価
島 健二
一審、東京地裁判決で、200億円の支払いが命じられた「青色発色ダイオード」の
発明の対価を巡る訴訟について、1月11日東京高裁が特許権を持つ日亜化学工業に
発明者の中村修二教授に対して合計8億4391万円を支払う条件が提示されて和解
に至ったことが報じられて話題になっています。
私は全くの門外漢で、こういう問題については何の専門的な知識もなく、
ましてや批評する能力もありませんが、
一門外漢としての常識の範囲内で感想を述べたいと思います。
このような問題でのポイントは、発明者の貢献度をどのくらいに評価するかに尽きる
と思います。
一審で50%とと評価された貢献度は、今回は5%へと大幅に引き下げられました。
これが妥当か否かは私には分かりません。
発明者にしてみればプライドとして貢献度が出来るだけ高いことを望むのが当然だと
思います。しかし、企業側としては、発明者に対して提供してきた機会と研究施設など、
それに加えて研究に専念できるための待遇等の貢献度を主張するでしょう。
ここで、現実問題として大切なのは、貢献度のパーセンテージもさることながら、
金額的な実額も考慮に入れることが現実的処理法かと思います。
特許を独占して企業が得られると見込まれる利益が如何に巨額であっても、発明の対価
として研究者に支払うべき金額が何十億円、何百億円となれば、企業側の経済的負担は
測り知れないものがあり、これでは国際的競争力に打ち勝つことは出来ないとした東京
高裁の判断基準はおおむね受け入れられるのではないでしょうか?
「社員(研究者)に十分なインセンティブを与えることは重要だが、会社(企業)が
国際的競争に打ち勝ち、発展して行くことをも可能にするものであるべきだ」との考え
方を示したと云えましょう。
一審での企業側に巨額の支払いを命じた判決に脅威を感じた産業界にとってはほっとした
和解だったに違いないと思います。
一方、発明者の中村氏は「自分一人の力で発明した」と主張して来ただけに、
5%という貢献度は不満でしょうが、企業内、研究所内でなされる発明は一人だけの力に
よるものとは言えず、環境(企業、設備、待遇、周囲の協力等々を含む)の力が必要で、
パーセンテージが低いかどうかは別にして、それを考慮することは当然と思います。
発明者として自身の貢献度を高く評価されたいと考えるのは当然ですが、
それが全てと主張するのは無理でしょう。
一審の判決とはかけ離れて低い発明対価の評価にもかかわらず、中村氏側が和解に応じる
ことを決めたのは、「判決になれば和解案よりも金額が下がる可能性がある」という判断と
「訴訟を早期に終結させて研究に専念したい」という思いからと報道されていますが、
「一審の判決のように高い評価を得ても、実現の可能性は低い」という判断と
「和解案の8億4391万円は実現可能な十分な実額だ」とする判断に立ったものではない
でしょうか?
「高い評価」という理想と「実現可能な十分な金額」とを天秤にかけた選択で賢明な判断
だったのではないでしょうか?
ただ、理想的な評価を捨て切れなかった悔しさが現われたのかも知れませんが、和解に応じ
ながら、「最高裁に上訴しても金額は上がらない。最高裁は金額算定というような実務的判
断を下す場ではない。これは現行司法制度の欠陥だ」という趣旨のコメントを発表したのは
未練がましくて行き過ぎだったのではなかったでしょうか?
発明の対価を最高に評価してほしいという発明者のプライドは良く理解できますが、十分と
云える実利を得てなお不満を言う貪欲な実利の追求のように聞こえるのではないでしょうか?
なおこの種の知的財産の訴訟の解決方法としては、今回の和解案は一石を投じたとは云える
でしょうが、絶対的なものとは云えないと思います。
さらに、労使双方が納得が出来るように、事前に「対価の合理的な算定方法」などのルール
を作り、訴訟続発に歯止めを掛けなければならないと思います。 目次へ