2004.10.2
最後に得たもの


                                                                 島 健二

とうとう書きたいことがなくなりました。

この二三回を振り返って見て、ちっとも面白いものが書けず、同じようなことを繰り返し

書いてしまいましたが、要するにタネ切れなのです。

まだシルバーヴィラでの生活は続いていますが、これは現在のことです。

昔話ではありません。昔話は色々と思い出しながら楽しく書けても、現在進行中のことは

自由には書けないこともあり、昔話というタイトルにはそぐいません。

そこで「昔話筆の向くまま」はこれで打ち切ることとしまして、今後はまた何か思い出し

たことがあれば「こぼれ話」として、またその時々に浮かんだ雑感を「折にふれて」と題

して書かせていただくことにしますが、今回は「最後に得たもの」に触れたいと思います。

それはこのシルバーヴィラで思いがけず、最後に得た最も大切なもの、最終の親友、他な

らぬ「増田次郎さん」です。



これまでの80年近い期間、私は友人に恵まれ、支えられて生きて来ました。

本当に幸せだったと思います。これまでにプロフィールを書かせていただいた友人達の他

にも、お世話になった方々や懐かしく思い出される方々が大勢います。

中には既に故人となられた方々もおられますし、まだお付き合いが続いている方々もあり

ます。しかし、私にとっての人生終焉の場所、シルバーヴィラ向山で増田さんのような親

友にめぐり合えるとは思いませんでした。


此処は大勢の方々との共同生活の場ですが、それぞれに立派な経歴を持ち、素晴らしい資

質をお持ちの方々であっても、人生の最後の数年を過ごす場所ですので、お互いに自分の

ことだけで精一杯で、周囲の方々とお付き合いをする余裕もない場合が多く、また既に

「お分かりにならない」状態になっている方々も多く、打ち解けて親友と呼べるお付き合

いが出来る方にめぐり合えるとは思いませんでした。



3年ほど前のことでした。

いつものように日曜日の「花ちゃんクラブ」に入って行きますと、見知らぬ男性が賑や

かに話していました。ニューカマーは普通はおとなしく口数も少ない場合が多いのですが、

「随分賑やかな人だな」と思いました。

私は割合人見知りをするほうで、名前を名乗り合っただけで控え目にしていましたが、

彼はお構いなしにどんどん話し掛けて来ます。

話の内容は筋道が立っていますし、考え方の波長も合いそうで、人見知りをする私とし

ては珍しく一回で意気投合してしまいました。



増田さんは座持ちが上手というか、座談の名手というか、豊富な雑学的な素養に裏付けさ

れたウィットや駄洒落がポンポンと飛び出す話し方で、ちょっとエッチなまたバッチイ冗

談も交えてヨドミなく言葉が飛び出す速射砲的な語り口で、全員が乗せられてしまう形で

一座が盛り上がります。


私も雑学的素養には自信がありましたが、彼ほど軽く口に出て来ないので、受け手にまわっ

てまぜっかえしたり、半畳を入れる側にまわることになります。

お互いの雑学的素養は80%程は重なっており、残る20%程度が異なっているので、ツー

と云えばカーと響く調子で、話題は際限なく広がって行くように思えます。


祐子先生の軽妙な座談を中心に、増田さんと私の掛け合い漫才のようなやり取りで、

「花ちゃんクラブ」には楽しい話題が飛び交い、今まで以上に盛り上がるようになりました。

こうして日曜日毎に親しくしていただくうちに、互いに部屋を訪問したりするようになり、

だんだんに互いの経歴や経験を話し合うようになりました。



経歴はまるで違っていて、私が経済学部出身で、業務・事務関係の仕事をして来たいわば文

系人間であるのに対して、増田さんは理工学部出身で工場や現場関連の仕事をして来たエン

ジニアで、いわば理系人間でした。

全く経歴が異なった二人で、普通ならばめぐり合うチャンスもなく終わった間柄でしょうが、

人生の窮極の場所としてこのシルバーヴィラを選んだこと、また岩城祐子先生という人物の

人間的魅力に惹かれて此処を選んだことから偶然にもめぐり合えたのだと思います。



二人が急速に親しくなったのには、偶然にも二人が東京世田谷の出身で、これまでの人生の

相当な部分を世田谷で過ごしたこと、また同じような時期に関西にいたことも共通している

ものがあります。人間関係にはこうした居住環境のようなものも強く働くものであり、また

ほぼ同年代(私の方が3才年長)であることが同じような経験を共有することで親しみを増

したのだと思います。

それに何と云っても重要なことは、増田さんは一見口が軽くて、話したことがすぐに他に伝

わるような印象を受けるかも知れませんが、極めて思慮深く、口が堅い、誠実な人であるこ

とがすぐに分かりました。

そして優しい、親切な人です。また優れて行動的な人で、引っ込み思案で中々動かない私を

ぐんぐんと引っ張ってくれる得難い牽引車になってくれる人なので、

私との組み合わせは1+1を3にも4にもしてくれる可能性があります。

私が増田さんに惚れ込んでいるのが良くお分かりいただけると思います。



エッチなことを云ったり「自分は助平人間だ」と云ったりするのは露悪趣味でしょう。

実際にはとても真面目な信頼できる人です。


ビックリしたのは、増田さんは理系人間であるのに、文系人間の私以上に文科的素養がある

ことでした。聞くところによれば、進む道を理系に求めたくせに、学生時代には文学青年で

あったそうです。

本当に博識であることと、私などとは違って研究的な勉強家であるのに感心しました。

私などは努力を怠る面倒くさがり屋で、知っている知識の範囲内でものを云ったり、感性で

文章を書いたりしますが、増田さんは間違いのないように調べた上で口にしたり、文章にし

たりしておられます。



人生の終末期に、このシルバーヴィラで思いがけなく素晴らしい友とめぐり合えた嬉しさか

ら、少し誉めすぎになったかも知れませんが、少なくとも私にとって増田さんは、殆ど同じ

ような価値観、正義感や好悪基準を持つ得難い友人なのです。


こうして私は最終的に「増田さん」という親友を得ました。

まだ3年と付き合いの期間は短いのですが、何でも話し合える親友とこのシルバーヴィラで

めぐり合えたのは、人生の最終段階に得られた最大の幸せと思っています。    目次へ