2004.9.17
老後の生活設計

                                                                   島 健二


家内に先立たれ、一人となったこの身の老後の生活のスタートは、

先に述べた表現をもう一度繰り返すなら、

新しい生活に対する華やかさも、晴れがましさも、輝きも緊張も希望もない、

空しさだけが待ち構えているようなスタートで、自分自身で何か生き甲斐を見出せるよ

うな新しい生活を作り出して行かなければ、何もない「無」に等しい、行く手には何も

待っていない真っ暗な闇しかなかったのです。

我々の生活は通常、築き上げ、守って行くべき家庭があり、生活の糧を得るための仕事

があり、その中に生きて行くための接触する社会があり、憩いや安らぎを得るためのレ

ジャーや趣味があり、そうした目的で様々な人達と関わりあって賑やかに毎日を送って

行くものです。



ところが、仕事から離れ、家内に先立たれてみると、子供のいない家庭は一瞬にして消

滅してしまい、関わりあって行く様々な人達とも無縁になってしまったのです。

レジャーは色々あると云っても、日頃忙しく仕事に励んでいるからこそのレジャーであり、

また一人では何をやっても面白くもありません。

そして、趣味は周囲の人から見れば多趣味のように見えるかも知れませんが、

これといって深く打ち込んで、一人ででも熱中できるようなものはありません。

要するに一人では何をしても楽しくないのです。

つくづく人間は一人では生きて行けないのだということが分かりました。



勿論、老後を暮らして行くために選択した老人ホームでの生活は保証されており、一応

生計を立てて行くための年金収入もありますが、家庭、家族、仕事場というものは無く、

これまで必死に守り、求めて来た目標も希望も無くなってしまったのです。

このシルバーヴィラでの一人の老後の生活をどのように設計して良いのか戸惑いました。

こんなときに痴呆が始まり、「お分かりにならない方」になってしまうのだなという危

機を感じました。


私の生来の呑気さ、気分転換の早さがこの危機を乗り越えさせてくれたのだと思います。

また、自慢にもなりませんが、失うべき社会的地位や財産や権力や名誉というようなも

のが何もなかったのも幸いしたのでしょう。

これらのものを失うことは、ご当人にとっては誠につらいことで、それらの喪失はしば

しば痴呆への引き金ともなると聞いていますが、幸いにもこの老人ホームでの生活には、

そんなものは要らないのです。

入居者一人一人が平等な「年寄り」として扱われる資格を有しているのです。



このシルバーヴィラ向山が私の家庭であり、社会であり、ここで関わる人々は従来の生

活で関わって来た人々と同じと考えれば良いのです。



この考え方への切り替えはすぐに出来ました。

従ってこれからの生活設計は、シルバーヴィラ向山という社会で、出来るだけ有意義に

毎日を過ごせば良いのだと考えました。

ここで楽しく有意義に過ごすためには、出来るだけ皆さんと折り合って、私の残存する

能力の範囲内で、少しでも皆さんのお役に立ちたいと考えました。

色々な催しごとに積極的に参加し、得手とする分野でお役に立とうと音楽や演芸(特に

比較的に詳しい歌舞伎など)の分野などに注力し、カラオケのグループなどを作ったり

して、頑張っているつもりです。

また機関誌「銀杏」の創刊以来、編集委員として参画し、少しでも良い機関誌にしたい

と努力しています。


また、その頃このシルバーヴィラ向山の専務をしておられた現在の岩城隆就社長に勧め

られてパソコンの練習に取り組みました。文字通り「七十の手習い」ですが、専務に手

ほどきを受け、「老後の世界が広がりますよ!」という言葉を信じて一所懸命に取り組

みました。マスターしたというほどまでは行きませんが、一応は慣れて来ると成る程世

界が広がります。メール、インターネットと便利であり、新しい、楽しい世界が広がっ

て来たのです。


「銀杏」の編集の仕事にも大いに役立ちますし、さらにシルバーヴィラ向山が力を入れ

て後援している歌舞伎俳優の片岡嶋之亟丈の後援会である「墨染会」で親しくなった友

人の皆様とのコミュニケーションにもすぐに役立ち、こうしてこの「やっとこさっとこ」

へも駄文を掲載させていただくようにもなり、本当に「老後の世界、老後の生き甲斐」が

増幅されることになったのもパソコンに取り組んだお陰だと感謝しています。



こうしてシルバーヴィラでの私の老後の生活設計もどうにか出来上がり、毎日の生活も

結構充実したものになって来ました。

これもひとえに周囲の皆様のお陰と感謝している次第です。
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