2008.5.1
認知症の悲しみ


                                                                              増田 次郎


認知症ほど悲しい病気はないと思います。 最近身近で見聞したことをご紹介しようと思います。
 
一人は88才の女性です。性格的には非常に穏やかな方ですが、一時期日にち、時間の感覚がなくなっておら

れました。朝お目にかかったとき「今晩は」といわれ、夕ご飯の時「お早うございます」といわれていました。

しかし最近はそれがなくなり、随分認知症が軽くなっておられました。
 

この老婦人はある程度財産をお持ちだったようです。よくわかりませんが、妹さんがお姉さんを引き取ると

仰って、北陸の方にお連れになりました。預金通帳を持ってくるようにと念を押されたそうで、狙いは大体

見当が付きます。
 
老木に移植なしという言葉がありますが、私は老人が引っ越して環境が大きく変わることには賛成できませ

ん。環境の急激な変化について行けず、認知症が悪化することが多いようですから。
 

老婦人はふる里かどうか知りませんが、長年住み慣れた土地以外であ新しい暮らしスタートされることにな

ったのがお気の毒でなりません。財産があればあったで、それに目をつける人がいます。なければないで、

これも将来の暮らしが不安です。どちらにしても認知症になれば、どんな目に遭うかわかりません。

老後のことを考えたら、認知症になってはいけないなと痛感しました。


またほかのご婦人はまだ80才代半ばで、すっかりわからなくなっておられます。夜中によそのお部屋に侵

入なさったり、その後ご自分の部屋にお連れしたのに建物の外に出ようとなさいました。
 
ご自分の息子さんのお顔もよくわからなくなっておられるようです。

息子さんは大変親孝行な方で、毎日2回、朝の出勤前と夜帰宅前に必ずお母様のお部屋に立ち寄られます。

親子といえどもなかなかできないことだと思います。

自分の息子に、こんなことで迷惑をかけたくないものです。

私は恥ずかしい最後を迎えたくないので、最後まで認知症にならないように頑張るつもりです。

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