2005.9.18
惚けへの恐怖(U)




                                                                                                                             増田 次郎

 
惚けるのだけは嫌だというと、惚けたら自分ではわからないから、早く惚けた方が勝ちだとおっしゃる方

があります。惚けた人の哀れな姿をご覧になったことがないから、そんなことを言われるのでしょう。


 
私が会った惚け紳士・淑女は、必ずしも全ての方が完全に感情、意識、理解力を失っておられるわけでは

ありません。私が「お早うございます」と挨拶をすれば、虫の居所が悪くない限り挨拶を返されます。

感情、意識、理解力がある証拠に、自分が惚けているからといって軽蔑されたり、邪険に扱われたりすれば、

猛然とお怒りになります。自分が軽蔑されたり、疎略に扱われたりすればおわかりになるのです。

もちろんそれがわからないレベルまで惚けている方もないわけではありません。

しかし食事の介助を受けていて会話が全く成り立たない方が、ときどきすさまじい悲鳴を上げているのを聞く

ことがあります。ヘルパーさんによると、おむつを替えるとき恥ずかしがって悲鳴を上げられるのだそうです。

完全に惚けておられるように見えても、羞恥心は残っているのです。




私は数年前にあるケアマネージャーと話をしたことがあります。

「在宅介護の老人のお尻につねられた痣があるのは珍しくないという記事を読んだことがあるが、実態は

どうだろう」と質問しました。彼の返事は「そんなのざらですよ」ということでした。

私は慄然としました。

そして私が介護する立場だったらどうしただろうと思いました。

私は幸い親の介護を全部兄が引き受けてくれたので介護をする立場を免れましたが、自分がこの立場に立

たされたら果たしてどうしただろうと思います。



私はとても私の息子たちの妻にそんな嫌な思いをさせたくありません。

好きで年寄りのお尻をつねる人がいるはずはありません。

年寄りの我が儘に我慢が限界に達して、切れた結果つねったり叩いたりしてしまうのでしょう。



ですからこうして厚かましくも「やっとこさっとこ」や「銀杏」に、駄文を書かせて頂く。

花げし舎のサイトでナンセンスポエムポエムに腰曲が爺さんの筆名で怪しい詩?を投稿させて頂く。

20年来続いているお客様のご依頼を受け、翻訳をやる。

語学力を維持するためNHKのラジオとテレビの英語番組を聞く。

生来の怠け者が老骨にむち打って頭脳を酷使して努力している原動力は、

ほかならぬ惚けへの恐怖心であります。



最後まで自分でトイレに行けるようにしたいと思います。

食べ過ぎれば太ります。

太って体重が重くなると、足への負担が大きくなりますから、歩けなくなる可能性が増えます。

足が不自由ですが散歩を怠らないようにしています。

歩けなくなる、トイレに自力で行けなくなる恐怖心が、私を運動に駆り立てています。



それでも万一身体が動かなくなったらヘルパーさんたちに下の世話をお願いして、感謝の気持ちを持ちながら

最後の日を迎えたいと思っています。

間違ってもヘルパーさんに嫌われるような悪惚け老人にはなりたくありません。



「惚けたものが勝ち」という方に申し上げたい。

それでもお気持ちは変わりませんか。

私は心身ともに絶対惚けたくありません。惚けた浅ましい姿を他人様に見られたくありません。

惚けないために私は最後まで頑張るつもりです。惚けるくらいなら死んだ方が増しです。

最後まで惚けずにある日ころりと死ぬため、健康に留意し、知力・体力を養って行きます。

(少々滑稽かも知れませんが)



「惚けないぞと気合いをかけたら、惚けずに済むか?」と質問されたら、

私もイエスと自信を持ってお答えする勇気はありません。

しかし惚けてもいいと何の努力もしなかったとしたら、

そういう方は「ご希望の通り確実に惚けるでしょう」と意地悪を申し上げたいと思います。

努力したのに惚けるということはあり得るでしょうが、努力しなければ事故死でもしない限り、

惚けて不平不満に充ち満ちて死を迎えることになるでしょう。



Quality of Life という言葉があります。

辞書を引くと「クオリティ・オブ・ライフ、生活の質◆日常生活における精神的・身体的・社会的・文化的・

知的な満足度◆【略】
QOL」と書いてありました。

終わりよければ全てよしと申します。

人生の最後の局面で、最高のQOLを味わいたいと思いますがいかがでしょうか。

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