2005.8.12
8月15日に思うこと



                                                                                                       増田 次郎

戦争に負けてから60年になりました。

17才だった私も日後には77才になります。

過ぎてみれば夢のようです。


私の兄増田新一が鬼籍に入って既に数年が過ぎました。

かねて兄のことを書いておこうと思っていたのですが、この機会に名もない一下級士官が

敗戦の中でどのような体験をしたか書かせて頂こうと思います。


兄は前にも書きましたが、

立教大学経済学部の三年生だった昭和
1812月の学徒出陣で志願して海軍に入隊しま

した。武山海兵団での二等水兵からスタートして、海軍飛行科予備学生試験に合格して

霞ヶ浦海軍航空隊で基礎訓練を受けました。カッターを漕いだり、随分しごかれたようです。

その後静岡県牧野が原の大井海軍航空隊に配属され、

偵察員としての猛訓練を受けたそうです。   

訓練中に墜落して殉職する方もあり、辛い日々だったようです。



しかし一応海軍予備学生は準士官でしたから、休日に外出(海軍では上陸といいました)

するときは士官の制服に短剣を吊って颯爽と歩いていました。

軍隊は家族への通信も検閲を受けた葉書しか出せないのが原則でしたが、

何にでも抜け穴はあり、島田の町の民家の奥さんにお願いして封書を投函して頂き

わが家にときどき手紙が来ていました。

この手紙で母と私が島田に呼び出され、宿屋に泊まって兄と会ったことがあります。

多分昭和
19年の秋だったと思いますが、記憶がはっきりしません。


兄は当時の軍の機密である航空母艦の話を聞かせてくれました。

戦前の日本海軍が誇りにしていた加賀、赤城、飛竜
、蒼竜の隻がミッドウェー海戦

で沈没していたこと、マリアナ海戦で最新鋭の大鵬と歴戦の翔鶴が沈没してしまったこ

となど皆初め て聞く話でした。

不思議なことに兄も意気消沈していなかったし、私も
1年後に日本が降伏するなど全く

思いもしませんでした。


兄が軍服で町を歩くと小学生が「海軍さん、失敬」といって敬礼します。

兄は一々「失敬」といって答礼します。誇らしい気持ちでした。

 

ここでの猛訓練を終えるころ沖縄戦が最終局面を迎え、第三次総攻撃に参加するため

兄の部隊も鹿児島県の鹿屋海軍航空隊に進出したそうです。

真珠湾攻撃に参加した旧式な爆撃機ですから、出発していたら当然全滅していたでしょう。

しかし兵隊さんは意気軒昂、飛行場で出撃命令を待っていたそうです。


予定時刻の1時間前に本土決戦に備え航空戦力を温存するという理由で、攻撃中止の命令

が出ました。お陰で兄は死なずに済みました。

その後は倉敷海軍航空隊に配属され、震洋(ベニヤ板でできたモーターボートに爆弾を

積んだ特攻兵器。敵の上陸用舟艇に体当たりする)の部隊で乙種飛行練習生の教官として

訓練していたそうです。

当時の部下の練習生は、戦後何度か東京のわが家に遊びに来られました。


15日、昭和天皇の「玉音放送」があり戦争は終わりました。

しかし厚木海軍航空隊は戦争をやめないといって、飛行機がビラをまいたり(私は噂を聞

いただけで実際にビラを拾ってはいません)しました。

愛宕山で民間人の集団自殺があったり、阿南陸軍大臣など陸海軍の将軍、提督が敗戦の

責任をとるとして次々に自殺しました。

若い士官で自殺した人があり、帰ってこない兄を心配して父は「あいつはバカだから腹を

切ったりしないだろうか」と気をもみました。

一家が心配し始めていたとき、兄はほとんど荷物も持たずに「敗残兵だ」と自重しながら

復員してきました。家族一同大いに喜びました。


結婚して朝鮮の馬山にいた姉も命からがら帰ってきました。

一家に平和が戻りました。お陰でわが家は戦争犠牲者を一人も出さずに済みました。


戦争ほどバカなことはありません。

負けたら目も当てられないし、勝っても恨まれるし、

こんなバカなことをするものではありません。

ただ私は平和、平和とお念仏を唱えても決して平和を守ることはできないと信じています。

永世中立のスイスにナチスドイツ軍が侵入しなかったのは、国民が武装して戦う体制があ

ったからです。

私は仕事でスイスに
週間出張したことがありますが、スイスの軍備は装備といい訓練と

いい、戦前学校教練を受けた私の目から見ると大変レベルの高いものでした。

お隣の国が反日を唱え武力を着々と強化しているのを見ると、武力を持たないことの危険

さが心配になります。


15日に当たり思うことを書きました。                  目次へ