2005.3.5
紀元は二千六百年

                                                                                                     
                                                                          
                                                                                                                     増田 次郎


今年は西暦の2005年です。かつて皇紀という暦年の数え方がよく用いられていました。

今でも皇紀を使っている方があるでしょうから、かつてというのは正しくないですね。


皇紀は、最初の天皇である神武天皇が即位した年を皇紀元年とした暦年表記法です。

西暦はイエスキリストの誕生した年を基準にした暦年ですが、皇紀元年は西暦
1年より

660
年古いのです。皇紀について詳しい説明をするのは、この文章の目的ではありません。

詳しいことはインターネットで検索して頂ければ解説を読むことができます。



さて紀元二千六百年とは皇紀二千六百年のことで、西暦に直せば
1940年。

昭和
15年であります。私は小学校6年生で、12才でした。

当時はシナ事変が始まってから
3年、次第に物資が不自由になってきたころでした。


今にして思うと、二千六百年の式典は日本の歴史が古くすぐれた国だという優越感を

国民に持たすための国家によるキャンペーンだったのだろうと思います。

もちろんテレビなどはまだ存在していなかったから、式典の現地に行けない一般国民

にとっては映画館でニュース映画を見るしかその状況を知る方法はありませんでした。

ニュース映画は奉祝大会の様子を詳細に伝えていましたので、私も何度か見た覚えが

あります。

天皇陛下が神格化されていた時代で、昭和天皇は段の上に微動だにせず立っておられた

と思います。その前で首相が、陛下に向かってお祝いの言葉を述べる場面が映されてい

ました。当時の総理大臣は近衛文麿公爵で、モーニングを着て直立不動でお祝いの言葉

を読み上げていました。

子供心に覚えているのは、「清恭清敬頓首頓首(せいきょうせいけいとんしゅとんしゅ)臣、

近衛文麿つつしみて申す」という言葉です。

天皇陛下に何か言おうとすると随分大変なんだなと思いました。



近衛さんはご先祖が藤原鎌足で皇室の次にお家柄のよいお公家さんですから、海軍軍人

だった高松宮様のように号令で鍛えた声と比較すると聞き劣りがするのはやむを得ない

ことです。しかしお祝いの言葉の後で「天皇陛下万歳三唱」の音頭をとるのですが、

これが何とも景気の悪い声で「テンノウヘイカ、ファンラーイ」と聞こえるので笑って

しまいました。同じニュース映画で高松宮様がお祝いの言葉を述べておられましたが、

海軍の軍服で腰に短剣を吊って音吐朗々(おんとろうろう)、颯爽としておられたのを

覚えています。ほかに印象に残っているのは、宮様がご自分のことを臣、宣仁(のぶひと)

といわれたことです。実の弟さんでも家来なのだと感心させられました。




戦前は天皇陛下のお声は玉音といわれ、一般国民の耳に入ることはありませんでした。

もちろんこのニュース映画でも、天皇は黙って立っておられるところしか映っていませ

んでした。なお初めてわれわれ庶民が陛下の肉声を聞いたのは、終戦の詔勅を自らお読

みになったいわゆる玉音放送でした。

そのとき随分甲高いお声だなと思ったのを覚えています。

その後はいろいろな場面にテレビでお声が放送されることが多く、「あっ、そう」という

独特な抑揚のついた親しみやすいお言葉は皆さんも覚えておられるでしょう。


「金鵄(きんし)輝く日本の、栄えある光、身に受けて、今こそ祝えこのあした、紀元は

二千六百年、ああ一億の胸は鳴る
」という歌が町に流れていました。

これをもじって

金鵄輝く15銭、栄えある光30銭、それより高い鵬翼は、辛くて辛くて40銭、ああ一億

の金はない」というタバコの値段を読み込んだ替え歌が歌われました。

金鵄も光も当時のポピュラーなタバコの銘柄でした。

鵬翼というタバコは私の記憶にありません。

金鵄はゴールデンバットが改名されたもので、当時の一番安いタバコだったと思います。

値段は私もうろ覚えで正確ではありませんが、一応インターネットで調べてみました

今から
65年前のことです。                           

                                                     
目次へ