2003.11.22
嬉しいこと、悲しいこと


                                                                     増田 次郎

入院中の経験をご披露します。

私の隣のベッドに嶋俊介さんという俳優さんが入院しておられました。
最初は気むずかしそうなジイサマだなと敬遠していたのですが、ある日話してみたところ俳優さんであることがわかり、共通の友人がいることもわかりすっかり親しくなりました。ご病気は直腸癌ということで、排泄関係では大分苦労をしておられました。私が窓際のベッドだったので天気のよい日は境のカーテンを開けて親しく言葉を交わすようになりました。そのとき嶋さんは「あなたは人間が朗らかで、明るい。常に前向きで物事を明るく見ておられる。私は何でも物事を暗く考えるからダメです」と嘆かれました。私は「損得考えたら明るくなるべきです。明るくしたら税金がかかるのでは困るが、そんなことはない。今日から明るくしましょうや」と慰めていました。私が手術室に行くのでストレッチャーに乗ったとき、嶋さんは「元気で行ってらっしゃい」と激励して下さいました。それから数日後、嶋さんが手術室に行かれました。今度は「嶋さん。まな板の上の鯉ですよ。元気で行ってらっしゃい」と呼びかけました。嶋さんは「有り難うございます」と元気で運ばれて行きました。数時間後に帰ってこられたときは元気で「ただいま」といわれ「声に張りがありますよ。直ぐ元気になられますよ」と激励すると「有り難う」と答えておられました。翌日私は部屋が変わりましたが、夕刻奥様が私の部屋をお訪ねになり「主人が亡くなりました」といわれ愕然としました。病室に集まっておられるご親戚の方が通して下さり変わり果てた嶋さんと対面しました。
短いお付き合いは悲しい別れで終わりました。



同じ部屋にT君という高校生がいました。
胸の骨が後退するという奇態な病気があるそうで、彼は形成外科で手術を受けたのです。「痛い。痛い」と苦しんでお母さんはとうとう帰宅せず、息子のベッドのそばで腰掛けたまま一夜を明かしました。余りにかわいそうなので「おじいさんのところに話においで」といったら本当に来ました。よほど痛いらしく涙をぼろぼろ流していました。何を話したか覚えていませんが、またまた下らない無意味な話をしたのでしょう。その晩はお母さんが帰り一人で寝て、夜中にまた泣き出しました。5時頃にベッドのところに行き慰めてやりました。高校3年生ですが気持ちの純なかわいい少年でした。高卒で就職するそうで、既に就職先も決まっているそうで、大いに激励してやりました。

こちらは明るい別れ。世の中は嬉しいこと、悲しいこといろいろです。        目次へ