2011.9.10
ヤモリ騒動


「うわぁ〜〜、 お〜い!」階下で亭主の声がした。

何事が起こったのかと干しかけた洗濯物を放り出し、おばさんは急いで階段を降りダイニングキッチンへ入った。

「ヤモリが、そこに、うわぁ〜〜  」 はやく、どうにかしてくれとこちらを向く。

「お前はヤモリが可愛いって言っていたじゃないか、はやくつかまえて」と亭主は助けを求めるのだ。

何か勘違いしている。おばさんだってヤモリは苦手だ。おばさんも亭主同様、爬虫類、両生類は好きではない。

しかしながら、ヤモリはよく見ると目がくりっとしていて愛きょうの良い顔をしているのだ。小さな足を目い

っぱい広げ、ちょこちょこ歩く姿は実に愉快でもある。トカゲはいじわるそうだが、ヤモリはトカゲほど警戒

心がなく、気がよさそうだ。以前、亭主にヤモリの姿が可愛いと言ったのがいけなかった。

ヤモリは虫を食べてくれるのだから有難いわけでもあるのだが、寝ている間に顔なんぞに乗られたと考えると、

亭主でなくても身ぶるいする。

思えば一年前、洗面所にヤモリが出現した。あの時も亭主が怖がって大騒ぎ。

驚いたヤモリは洗面所で死んだふり。おばさんが長い棒の先で動かそうとしてもじっと死んだふりである。

亭主は遠くで、どうにかしろとわめくし、ここで捕まえなければまた大変だ。そこでおばさん、食品を入れる

小さなポリ袋を持ってきた。棒でポリ袋の中に誘導しようという作戦だ。洗面所のカーブも手伝って上手くヤ

モリを捕獲できた。ヤモリを捕まえたポリ袋を持っているだけでも嫌なのだが、亭主はつぶせとのたまう。

殺傷である。それも自分で殺せばいいのにこちらがやれと命令するのだ。嫌だというと、それならその袋の口

をしっかりしばってゴミ箱に捨ててこいという。窒息死である。これは苦しそうで可哀そうだ。

それならいっそうのこと踏みつけてしまった方が楽なのかもしれない。そんな姿を見るのもしのびないので

そのポリ袋をさらに黒の小さなポリ袋に入れ、ギュッとしばった。ちょっと足を乗せたがいたたまれない。

そうだ、逃がそう! そう思って家の前の坂道で恐る恐る袋の口を開いた。

ヤモリはポリ袋の底から急いで這い出し、ひどい目にあった、くわばらくわばらとスタスタ坂道を下って行った。

あの時、逃げるヤモリを見送りながら、もうわが家には来るなよと願ったのに…。


いやはや、願いは届かず。今またここに…。

「うわぁ〜〜、動き始めた! あぁ〜椅子の足を上って行く…」亭主はこわごわヤモリの行く先を目で追っている。

しかし次の瞬間、亭主はヤモリが張り付いている椅子を持ちあげた。

そして、その椅子を2メートルほど先にあるベランダに出し椅子ごと上下にトント叩いた。

ヤモリは振り落とされた。あわてて逃げたようだ。亭主は急いで窓を閉めた。

おおっ、わが亭主、すごい進歩。

そんな亭主を見ながら、もうヤモリごときでおばさんを呼ばないでと願うのだが…。
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