2011.9.5
歯抜け日和


大人の歯は、真ん中から中切歯、側切歯、犬歯、第一小臼歯、第二小臼歯、第一大臼歯、第二大臼歯、三大臼歯

(親しらず)と上下左右対称に32本並んでいる。側切歯、つまり真ん中から2番目を只今修理中のおばさん。

歯医者が金属で心棒を立てようかどうか悩みながらも、まあ、ここは自分の歯でと仮歯を付けてくれたのだが、

悩みが的中。つまり仮歯の心棒となっていた自分の歯が折れてしまった。心棒なき仮歯はポロッとこぼれおちた。

新しい仮歯を付ける日まで歯抜けの顔になったわけである。

しかし、うまいことにおばさんの側切歯は小じんまりした作りなので、抜けてもそこまでおかしくないのが有難い。

この側切歯は、犬歯の方に少し傾げていて、はにかんでいるように見せる動きのある歯だった。

気に入らない癖のある自分の歯だったが、行儀のいい模造の歯を入れてみると、これはこれで何だか味気ない。

歯を抜けたままにしている人を見て、何で歯抜けが気にならないのかと思ったものだが、こうして自分が歯抜けに

なると、案外気にならないものだ。それでも、「あら、歯ぬけたの?」と人から言われると即座に手で隠す。

こんな仕草に、まだまだ女性としての恥じらいがある証拠だと、ひとりクスッと笑って照れるのである。

それにしても、上の歯並びはそこそこであるが、下の歯たちは父親に似てひどく不揃いである。

小学校の頃、銀色の金属で歯の矯正をしていた女の子がいた。その子は地味な顔立ちで、話し方も雰囲気も少々年寄

り臭かった。矯正してる金具がよけいにそう見せた。だから男子たちは「銀歯」とか「おばあさん」とはやし立てた。

歯にあんなことをしているから言われるのだと思ったものだが、今こうして、自分の乱立している歯を見ると、銀歯

と言われようが、おばあさんと言われようが、歯の矯正をして欲しかったとつくづく思うのだ。

複雑に重なり合っている歯を見ていると、ここが虫歯になったらどうやって治療するのか、差し歯の場合はどうなる

のかと非常に心配になる。そして、もしこれがきれいに揃っていたら、少しは美しく見えるのかしらとも思いやる。

いやいや、この不揃いの歯並びは、愛きょうがあった側切歯のごとく、案外この顔に似合っているのかも知れない。

そんなことを考えていたら、秋を告げる風が歯の隙間からすうーっと入って来た。

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