2006.12月14日
ためつすがめつ



試験には極上の鉛筆と新品の消しゴムを使うべしと亭主は提言する。

これは高校時代、受験の神様と言われた先生から伝授されたことらしい。

書いては消し、書いてはまた消しの姿を見て、亭主は消しゴムで消すより新しい紙に書けばいいと勧めるが、

根を詰めた勉強中、ゴシゴシ消しゴムで文字を消すことは結構気分転換になる。

また、消された文字の端々が所々に残っているとこれが記憶の道しるべとなり同じ文章を記述する助けとなる。

そうかと思えば跡形なく丁寧に消しているうちに書くべき文章が見えてくることがある。

消しゴムとは不思議な道具である。

亭主が言うように新品の消しゴムは戦力になる。鋭角に角張った消しゴムをちょちょいっと当てるだけで微妙

な線も消せるのだ。亭主は口うるさいが、おばさんの受験作戦に当たって、ありがたき参謀である。


そんな亭主が、消しゴムの滓を床に落すなとのたまう。

心外である。床に落とした覚えはない。消しゴムの滓はテーブルに留めようと右手上に掃っている。

現に食堂テーブルの上には消しゴムの滓だらけではないかと亭主に反論した。

とは言え、おばさんの座っている足元にそれらしきざらつきを覚える。

これだけの滓の量である、何かの拍子に落ちるのだろうと考えた。


おばさん専用の机があるわけでなし、家事の合間を縫ってちょこちょこ勉強するわけで、食卓テーブルが勉強

道具を広げるに格好の場となる。食事をするテーブルである。消しゴムの滓があってはまずい。そこで勉強道

具を仕舞う際には、まずテーブルに散らかった消しゴムの滓を出来る限りティッシュで寄せ集めつまみとる。

それから台拭きで何度か拭くのであるが、これが思うようにきれいに拭き取れない。細かい滓がさらに細かく

途切れてテーブルにへばりつく。消しゴムの滓とはなかなか手ごわいものである。



そして試験場。

新品の消しゴムと極上の鉛筆を机の上に並べると、試験を前に何とも改まった気持ちになる。

砥いだ包丁を持ってまな板の前に立つ心境である。

気合充分、姿勢を正し、時を待つ。



いよいよ試験が始まった。

あっ、間違った。訂正個所を真新しい消しゴムにてさっさと消し机上右上に掃った。

<ほら、右上に掃っているじゃない>試験の最中、自分の消しゴムの掃い方を確証するおばさん。


一通り書き終えた。そして見直すうちに、ちょっと待てよと考え込む。

言いたいことは同じでも、書き方で出来栄えが、えらく違ってくるのである。

やっぱり、ここは、これじゃ、と書き直す。

長い文章を丁寧に消し、大量の消しゴムの滓を勢い良く掃った。

あっ! 
この日お気に入りのスカートを履いていったせいか、掃った瞬間汚れると察知したのだ。

試験後半、滓は華華しく、おばさんの外出用のスカートに飛び散った。



回答用紙を見れば鉛筆の、机の上下を見れば消しゴムの大活躍が良く分かる。

合格発表は来年3月7日。新品の消しゴムと極上の鉛筆で戦った成果や如何に…。

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