2006.10月6日
車中人間模様




「八甲田山」「鉄道員(ぽっぽや)」などを撮影した木村大作の写真展があるという。

場所は銀座のコダックフォトサロン。亭主と久しぶりの電車行きである。

わが亭主、最近は空いている座席を多少求めるようになったものの、座らん、黙っとれ精神はまだまだ健在

である。下手なことを聞けば怒られ、ボーっとしていれば不機嫌になる、車中の亭主は特に扱い難い。

とは言え知らん顔もご法度で、降りるタイミングにそれとなくサインを送る。

そんな亭主の燐に黙って座っているのは、独りで乗る時よりも何やら手持ち無沙汰の感がある。

こんな時、車内の吊り広告で暇つぶしするのは勿論のこと、車内の人達の観察と相成る。


復路の銀座線。

左燐の中年女性がブツブツ文句を言いながらバッグの中をまさぐり「家賃が高いし、水道高熱費も…。やだ

4万円しか残んない。10月でしょ、11月でしょ、ああ、参ったな」。

参ったのはこちらだ。独り言はゴメンだと思っても、聞こえてしまうからしょうがない。


「大丈夫だろ」「あそこは心配ないわよ」向いに座る喪服の男女2人が話している。

男性は葬式で酒をだいぶ召し上がったのか、ほろ酔い加減である。

話から推測すると、残された奥さんは経済的に恵まれているようで生活は大丈夫ということらしい。

「まあ、良かったんじゃないかな」「長いと大変だものね」相手の女性がこれまたにこやかに対応する。

(ということは癌?早く進んだということはまだ若かったのかしら…、と、聞き手のこちらは勝手に考えた)

まこときれいな骨だったと二人は遺骨を賞賛し、良かった良かったと繰り返しながら笑った。


葬式を終えると人は安堵感を覚えるものだ。それにしても告別式帰りの二人は至極楽しそうである。

最近の火葬場は結婚式場と間違えるほどの華やかさがあり、気持ち良くあの世に送ろうという雰囲気がある。

葬式は久しぶりに再会する場にもなる。なつかしい思い出を語り、それぞれの近況を語る場にもなる。

この二人もその帰り道なのである。

「おれが言うのも何だが、のり子は30才そこそこで大会社の部長だからな、大したものだ。女性で部長だよ。

妹のたかこ子は弁護士になったし。うちの子どもは安心だ」。

お酒が入っているせいなのか、わが子の出世ぶりを周りに聞かせたいのか、意気揚々と話す。

「あそこの息子は慶應大学経済学部を出て、いい会社に就職していたのに会社辞めちゃったんだって」。

娘自慢に始まって親戚話に広がり、それとなくステータスを見せびらかせ、子どもは親の育て方で決まると

二人はアハハ、アハハと笑った。

「喪」は身を慎むことである。喪服に大笑いは似合わない、そう思った。


亭主は電車の中、どんな人間模様を見ていたのだろう。
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