2005.12月17日
都合耳
「ごめん下さい」。やってきました介護認定調査員。
一階、六畳間。いつもの調子で父は入り口付近の座椅子に座っていた。
この日、立会い人を仰せ使ったおばさんは、玄関に出向き調査員の彼女を誘導しながら父の前を横切り、
父の斜め前に座った。調査員が入ると、父は座椅子から少々離れ正座して座った。
さて、この位置関係である。後から入って来た調査員の座る場所は言うまでもなく決まってしまう。
今日の主役である父から離れて話を聞くわけにも行かない。当然入り口ドアの前に座ることになる。
調査員の彼女は小柄で華奢でおとなしそうな娘さん。座った位置がより慎ましく見せ可憐である。
「お話を聞かせて下さい」。
声は極めてか細く、やさしい笑顔で彼女は父に話しかけた。
可愛い。本当にやさしい声である。
今どき、と思うぐらいの古風な娘さんに思わず見とれるおばさん。
おばさんが思うのだから、父は…と見れば、
無口なはずの父が、この初対面の娘さんに何とまあ話すこと話すこと。
「昨日、上の娘に怒られました。話しを聞いていてないと怒るのです。でも、本当に聞こえなくて…」。
何や、何や。父の語りはか細くて、これはどうみても泣き節である。
「下の娘もおてんばで。この娘からも聞いてないと怒られ…」と彼女に訴えている。
「本当に年は取りたくないものです。とにかく女性の声が聞こえ難くて…」。
調査員の彼女は父のことばをていねいに聞き取り、同情するかのようにうなずいた。
そんな風だから、父はまたまた、彼女に心の内を訴えること訴えること。
心細さを話すうち、父はうっすら涙に見舞われる始末。そしたら彼女も貰い泣き。
立会い人、上の娘であるおばさんと致しましては、少々立場がない状態でありました。
調査員の小さな弱い声がちゃんと聞こえて、我等姉妹のどでかい声が聞こえないとは、さて…。
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