2005.8月10日
只今甲子園モード



「逆転!」アナウンサーが叫ぶ。もちろんテレビは高校野球。

クーラーの効いた部屋、食卓兼仕事机にも変身するテーブルに肩肘を付き、

夏の甲子園、若さのプレーと爽やかな汗を楽しむ。


高校生、何って言ったって動きと表情がいい。

と、ハエが一匹、テーブルに止まった。

ちょん、ちょん、ちょん、こちらへ寄って来る。人なつっこいハエだ。

そばまで寄って、ぱっと飛んだ。またまた近寄ってこちらの気を引く。

撃ち取ってやろうと傍らの本で狙ったが、フライ。

「ワンナウト満塁!」テレビではアナウンサーが興奮気味で伝える。

一塁へ牽制球。満塁のベースが気に掛かるピッチャー。


おばさんは外野のハエが気に掛かる。

このハエ君、高校球児のようで動きがいい。

少々くたびれた新聞で狙い撃つのだが、空振りばかり。

「すでに百球。変化球がいいですね」ピッチャーのアップ画面に解説が付く。

<なるほど、変化球ね>。こちらの動きを変えればうまくいくのかも知れない。

見ればバントの構えよろしくハエがじっとそこにいる。

ならば今度は変化球とばかりハエをめがけて本を被せた。

逃げた様子もなし。まさに撃ち取ったり、と見えたが、何とエラー。


ハエと格闘するおばさんに呆れつつ「二階にいたハエかも」と娘。

団塊世代、経験豊富なハエたたき。体で覚えているはずなのにノーヒット。

「昨日、二階にいたハエだな」と部屋に入るなり亭主が言う。

すばしっこく、ちょっと面白いやつと言うから、亭主もおそらく相当空振りしたのだ。

このハエが特別機敏なのか、こちらの動作がイマイチ鈍くなったのか、

いささか疑問は残るのだが…。


夕刊が届く。来たばかりの新聞の張りを実感しつつテーブルを見れば、

かのハエ、平然と手足を動かし、「君では無理でしょう」と我を見る。

隙あり。と、真新しい新聞でとうとうヒットを飛ばしたおばさん。

野球解説に倣って言えば…、

「粘って粘って出した勝利。いやー、ハエもよくかわし、頑張りました。」


つぶれたハエをつまみあげ、戯れていたひとときをいとおしむおばさんだった。

                                                                目次へ