2005.7月1日

鼻水糊


水っ洟とは水のように薄い鼻汁を言う。

この水っ洟、留めようと思っても思うように意思が働かない。

粘りが出てきた鼻水だと多少自由が効くのだが、たくさん出ればこれまた困るもの。

「鼻水って言えば…」。

団塊の世代、思い出話に登場するのは、糊のような鼻水で光ったあの袖である。

鼻水を服の袖口で拭き、またまた拭いて、厚みを増したあのテカリ袖。

あれは、水っ洟というよりは、相当粘着力が強いものだったと思われる。

糊のような鼻汁。だからこそ、腕で拭くとテカルのである。

そんな鼻水を拭き取りもせず、長々とぶる下げている子もいた。

濃縮鼻汁を絶えずすすっている子もいた。すすってはまた洟垂れるのである。


その昔

「一緒に行ってあげなさい」。母が言う。

その日は洟垂れ常習犯で、ちょっととろい敬子ちゃんのバレエの稽古日。

「お願いね」。敬子ちゃんのお母さんに改めて頼まれる。

なんと同い年の私が、彼女のお母さんに代わって引率なのである。

稽古場で、ピンクのサテン地、可愛いトウシューズを履く彼女。

粘着性の鼻水がずずーっと垂れる。もちろん彼女はいつものようにすすった。

すすっても、すすっても流れ出る二本鼻を引っさげ彼女はレッスンを開始した。

スキップするたび鼻水が跳ね上がる。ステップに乗って左右に揺れ動く二本鼻。

足を交差させリズミカルに動くと鼻水もまたリズミカルに動くのだ。

…と、ぶる下げるにも、すするにも限界ありとレオタードの袖で拭いた彼女。

あこがれのバレエが、ずたずたにされた場面である。


そして今

「鼻水とまらないの?」。

一緒に草むしりをしているYさんがこちらを向いてこう言った。

風邪をうつしたのはあなたでしょ、と言いたいが、鼻をかむ方が先決のおばさん。

何度も軍手を外し、ズボンのポケットからティッシュを取り出す。

この動作がけっこう面倒くさい。面倒くさいが鼻をかむと頭まですっきりする。

「鼻風邪うつしちゃったわね。私も、まだ鼻水が止まらないの」。

鼻風邪をうつしたことを詫びる彼女。でも鼻水が止まらないというのはうそだ。

だって、この3時間、彼女は全然鼻をかんでいない。

こちらの様子を察した彼女、作業着のシャツの袖口を見せていわく。

「軍手を外すの面倒でしょ、ここで」と言って袖口に鼻水をこすりつけて見せた。

団塊世代。袖口拭き、鼻水糊はともに健在なのである。

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