字を書くことから恥をかく〔原文〕



中学卒業の日、色紙を手に友から寄せ書きを集めた。サインペンで色紙の中央に友と大きく書いた周りをぐるっと友人達の名言が取り巻く。
うれしそうに眺めている私を見つけてK先生が近寄ってきた。
「ちょっと書かせて」と先生。理科を教えていたK先生はちょっと野暮ったく、ひょうひょうとしていて女生徒には人気がなかった。
もう色紙には書く余地なしと先生に見せた。「裏に書くから」と言われては仕方ない。
差し出した色紙の裏に先生は短い英文を書いた。どんな意味?とのぞきこむ私。
その下に「字を書くことから恥をかく」と日本語が添えられた。
「恥をかいちゃったかな」。先生は照れながらペンを戻した。
押し売りサインのこの言葉、なぜか卒業式シーズンになると思い出される。
時々引っ張り出して見ていたこの色紙も何度かの引越しで姿は消えた。
表の寄せ書きよりも裏に書かれた先生の言葉が忘れられない。ものを書く時あの言葉がひょっこり顔を出し"慎重に"と注意を促す。
卒業シーズン、自分の書いたコラムをちょっと読み返した。
文章の中に恥がちょこんと座って、えらそうにしゃべっている。
「恥をかいちゃったかな」と首をすくめる私。思わずあの時の先生を思い出した。    目次へ