字を書くことから恥をかく


中学卒業の日、色紙を手に友から寄せ書きを集めた。

うれしそうに眺めている私を見つけた先生が近寄り、「ちょっと書かせて」。

理科を教えていた先生はちょっとやぼったく、ひょうひょうとしていて女生徒には人気がなかっ

た。もう色紙には書く余地がない。先生に見せたが、「裏に書くから」と言われては仕方ない。

先生は短い英文を書き、下に「字を書くことから恥をかく」と日本語を添えた。

「恥をかいちゃったかな」。先生は照れながらペンを戻した。

卒業式シーズンになると思い出され、時々引っ張り出して見ていたが、何度かの引越しで色紙の

姿は消えた。寄せ書きより、裏に書かれた先生の言葉が忘れられない。

ものを書く時、あの言葉がひょっこり顔を出し"慎重に"と注意を促すことにしている。

自分の書いてきた「レディスアイ」を読み返すと、文章の中に恥がちょこんと座り、えらそうに

しゃべっている。「恥をかいちゃったかな」。あの時の先生を思い出した。


                            2003年3月29日付 東京新聞朝刊
                                   「レディスアイ」に掲載      目次へ