2003. 2月15日
誉めクスリ



「何番まで行ってますか?」。

26と書かれた手持ちの番号札を見ながら受付窓口を覗き込んだ。

泌尿科の受診窓口、次に受付を済ませる人は46番目となるようだ。

「ごめんね、まだ8人目。今日は先生一人だから‥」と看護婦さん。

時計は10時、80才の父にはツライ待ち時間。進行情報を仕入れ座っていた椅子に戻る。

<どこまで進んだ?>現在の診療状況を知りたい患者たちの視線がこちらに集まる。

「8番目の人だって」おばさんの話し声に、周りの患者たちはそれぞれ指折りし自分の順番を確

かめている。受診番号が名刺代わりの待合室。

「私は36番。おたくは何番ですか」

年の頃は60代後半、後ろに座っていた男性が聞いてきた。寒さの中病院に来たせいかこの男性

の顔色は悪い。

「昨年暮れから罹っているんですよ」と男性。

「お若いし、どこも悪くなさそうだけど‥」と父。

「いやー、年ですよ。いくつに見えますか」と男性。

2週間ごとのこの通院にすっかり参っているようす。

「47、8才かな」父は娘の私に同意を求めた。
<バカ、どう見たってあんたの娘より若いわけない。まったくいい加減なんだから。誰だってウ

ソだと思うでしょ>

「そんな、若くないですよ。去年の誕生日にこんなもん貰っちゃって、がっくりきたところにこ

の病気」と男性はポケットから老人医療証を取り出した。

40代、50代にしか見えないと頑張る父に男性の顔は緩む。

「現役にしか見えないよね」とまたこちらに助けを求める。

ここは父に妥協し「ほんとに」と相槌をうった。

「現役っていゃーそうだな、自営なんですよ」。

誉め言葉に男性は見違えるほど表情が若返った。

「癌だったらどうしよう、なんて思ったりして‥」

悩みをちらっと吐き出して大の男がはにかんだ。

「何て言ったって若いからなぁ、直る力が違うよ」一回り上の父はうらやましそうに彼を見る。

一人当たりの診療時間は3分当たりと言うところ、あっという間に父の診察は終わった。

会計待ちにクスリ待ち。

36番の男性が「やっ」と手を上げ、「診察30秒でした。追いついちゃった」とおどけて見せ

た。「30秒じゃ、病気も大したことないな。ほんとに若く見えるなぁ」と若さ加減にしつっこ

い父。「今度は15分くらいすっ飛ばして自転車で来ようかな」36番の病人が生き返った。

まったく誉めクスリは効くもんだ。

通院する元気があるうちは直るって。短い診察は大したことが無い証拠?

時刻は11時半、医者も診療ピッチをあげ始めた。
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