『航時軍団』 |
イラスト:武部本一郎そもそもの始まりは−−−もちろん主人公デニス・ランニングにしてみればその神秘的な出来事は1927年4月のある静かな夜に起こったのである。主人公ランニングは当時18歳、ハーバード大学の最終学期をケンブリッジにある小さなアパートにて、1・2歳年長の同期生3人と一緒に過ごしていた。数学専攻のウイルモット・マクラン、中国高官の倅であるラオ・メン・シャンと、ランニングと最も親しいベリー・ハロウランであった。その眠気を催すような日曜日の宵、同室の3人は出かけて留守であった。彼は自分の部屋に一人座って、マクランが自費出版した本を読んでいた。その難解な数式を理解しようと努力しており、その時彼は、マクランが数学者ミンコフスキーの言葉「空間それ自身、および時間それ自身は単なる写像にすぎず、その二つが結合することによってはじめて絶対的な実像となる」という言葉を引用していたのに気づいた。もしミンコフスキーの言葉が正しければ、人類は前に向かって跳躍することが可能であると。
そのとき、ランニングは自分を呼ぶ声を聞いた!「デニー・ランニング!」その声の聞こえた方を見てみると、なんととても美しい女性が彼の目の前に立っていたのである。彼女はほっそりとした両手でフットボールほどの珠を胸に捧げていた。彼女の名前はレゾネー、彼女曰く「あなたをおさがしするのに長いことかかりましたわ」「あなたのお力を求めるために、死より恐ろしい淵を超えて参りました」と。 彼女の話によると、彼女の住んでいる麗しの国”ジョンパール”がキーパーソンであるらしいランニングの死をもって、消滅させようとする邪悪な勢力がいることを彼に告げたのである。レゾネーによれば、ギロンチと呼ばれる邪悪な国の美しき女王、ソライニャが彼に災難をもたらすということを警告したのである。ランニングは彼女に協力することを約束し、そして次の日の飛行訓練に参加しないように告げたのである。次の日、彼が仕事という理由で飛行訓練をキャンセルしたのであるが、友人ベリー・ハロウランは墜落事故で死亡してしまうのである……。
時は経過し、ランニングは海外特派員として活躍していた。彼はコリントへ向かう果実運搬用の小さな蒸気船の上で、レゾネーが警告していたギロンチの女王ソライニャに出会ったのである。しなやかな体は目の覚めるような真紅の鎧にぴったりと包まれ、鞘に宝石がちりばめられた細長い刀は彼女のすぐ脇に置かれていた。そして彼女は、黒く縁取られた真紅の兜を小脇に抱え、まばゆいばかりの金髪を風になびかせていた。彼女はほほえみながら、ランニングをじっとみつめていたが、彼女の表情には肉欲と悪意が込められていた。彼女は、ランニングに「自分の王国を一緒に統治しないか?」という誘いに、彼女の美しさに負けてのりそうになる。しかし、レゾネーが彼を引き留めたおかげで、何とか持ちこたえることができたのである。つまり、未来の可能性として、ジョンパールとギロンチの二つがあり、どちらかが消滅しなければならない運命にあるということがレゾネーから告げられたのである。彼は決意を胸に、そのままジャーナリストとしての仕事を続けたのであるが、ある時中国にて友人ラオ・メイ・シャンと日本軍の爆撃機を撃墜していたとき、彼は友人と共に飛行機を撃墜され、死の淵にいたのであるが、彼がその時見たものは、驚くべきものであった!1952年に書かれた作品で、1979年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストは<コナンシリーズ>や<ターザンシリーズ>などのイラストで有名な武部本一郎画伯です。ギロンチの美しき女王、真紅の鎧をまとい、剣を持ってい残酷でアマゾネスのようなソライニャが中心に、その居城と犠牲者たちが描かれています。なお、本作品には武部本画伯のイラストが10数点納められていますが、著作権の問題上お見せできないのがとても残念です。
著者ジャック・ウィリアムスンはアメリカを代表する作家の一人です。「懐かしい」と思う方もいらっしゃると思いますが、「誰、それ?」という方もいらっしゃるかもしれませんので、彼の略歴を含めてどんな作品があるのかを記しておきたいと思います。ジャック・ウィリアムスンは1908年アリゾナのピスビー生まれ。教育養成の単価大学(テキサス州立師範学校)に入学し、オールA(!)というすばらしい成績を収めるほど優秀であったらしいです。そのころ、短篇「メタル・マン」がアメージング・ストーリー誌に採用され、学業の方をきっぱりあきらめ、SF作家業に専念する。そして1938年にアスタウンディング・サイエンス・フィクション誌に本書『航時軍団』の連載を始める。その時の編集者J.W.キャンベルはその号の後記をこの『航時軍団』に費やしている。その他にも日本語の翻訳として、<三銃士>をベースとしたといわれている『宇宙軍団』、外宇宙との生命体との交信をテーマにした『プロジェクト・ライフライン』や短編集(初期の「メタル・マン」を含む)『パンドラ効果』、そして<ゲイトウエイ>シリーズで有名なSF作家フレデリック・ポールとの共作<スターチャイルド>シリーズなどがあるが、どれも品切れもしくは絶版という状況です。
とにかく、この年代でこんな面白い作品が読めるととは思ってもいませんでした。特にアイディアが斬新です。量子力学の成果を存分に取り入れて、時間旅行で生じるとされるタイム・パラドックスを取り上げた最初の作品ではないかと思います。タイムマシンもの自体は、H.G.ウエルスらが先駆ですが、特に本作品が後世の作品に与えた影響はとても大きいのではないかと思います。例えば、さりげなく物理の定理(不確定生定理の言及)を用いて、二つの並行世界を記述しているという辺り、きちんとした科学的裏付けがあり、そしてその軽快なテンポに読者は引き込まれること請け合いです。他にもクロノスコープ(未来を見れる装置)や、水素エネルギーの転換によって移動できるタイムマシンや、人間と蟻との合いの子である蟻人間など、SF的な要素がふんだんにちりばめられています。
また、主人公のランニングよりも敵役となった美しく残酷なギロンチの女王ソライニャがとても印象的です。(山名田さんのお気に入りの敵役レビューでも掲載されています。併わせて見てみてください。)というのは、とにかく黒豹的な女性で、対立する世界のジョンパールのレゾネーとは正反対の性格をしているからです。欲深く、残酷で、容赦がなく、性格が悪い(爆)というどうしようもないわがままな魅力的な女王なんですけれど、まあとにかく男どもが彼女を殺せないのもなんとなくわかるような気がしました。やっぱり美しいと性格が多少(というかかなり)悪くても、憎めないみたいですねぇ。悲しい性ですね(笑)。で、レゾネーの方ですが、印象が薄くて、たぶんウィリアムスンもソライニャを準主人公と考えていた節があるんじゃないかと思うくらいです。とにかく、ラストは「あっ!」と驚く作品ですので(とてもナイスでした)、是非見つけて読まれることをお勧めいたします。