『黒の山脈』 |
イラスト:生頼範義永遠のように聳え立つ険しい山々が続く、<黒の山脈>、そこには<東の帝国>の強大な君主の一人、<死者>ソムが城塞を構えていた。<東の帝国>に対する唯一の希望の光である勢力<自由の民>は前作『西の反逆者』にて圧制を引いていた<東の帝国>に忠誠を誓っていた君主の一人、太守エイクマンの<城塞>を陥落させることに成功した。その陥落には主人公ロルフによる<象>のコントロール、オアシスの民による協力が陰にあった。エイクマンの<城塞>の陥落時に、エイクマンの娘で絶世の美女であったチャーミアンは姿を消し、彼女に思いを寄せていた魔法使いが作り上げた、彼女の金髪によって作られたお守りをロルフは拾い上げ、その魔法の力によってチャーミアンに魅了されてしまう。そして、ロルフの良きライバルで、チャーミアンの夫である若き武勇優れた太守チャップは<自由の民>の熟練した戦士メイウィックの闘いに破れ、その闘いでメイウィックの戦斧が背中へと食い込み、下半身不随になってしまい、<自由の民>の囚われの身となってしまう。
そんなある日、下半身不随となって乞食の身にやつしたチャップの元に一匹の悪魔がやってくる。どうやらその悪魔は妻チャーミアンの使いということがわかった。その悪魔がチャーミアンからことづかったことには、チャーミアンは<死者>ソムによって保護され、あることをチャップに依頼してきた。「ロルフからチャーミアンの金髪で編まれた護符」を奪い取って、チャーミアンの元に届けよというものであった。そのために、悪魔は不思議な液体でチャップの体を直し、元通りに体をいやしてくれたのである。失敗は死を意味する、という悪魔の言葉を聞いて、チャップは自分と戦ったあの青年ロルフから<護符>を奪いとることになったのである。一方、ロルフは<護符>の魔力のため、チャーミアンに心を寄せる状態になっていたが、<自由の民>の魔法使いの一人、ロフォードの兄、グレイの力を借りて、妹の行方を調べていた。彼の協力により、ロルフはかつての敵であった元太守チャップが自分の妹の行方を知っていることを魔法によって知らされる。そこで、ロルフはチャップに自分の妹のことについて尋ねるのであるが、その時チャップは交換条件を提示する。その願いとは「砂漠で最期を遂げたい」というものであった。
ロルフはチャップが下半身が使えるようになったことを知らず、その条件を受け入れたのであるが、砂漠で妹リサをさらったと思われるタールノットという男について情報を得る。どうやらその男は<黒の山脈>へ向かったということがわかったのである。その情報を聞いて、ロルフはチャップの交換条件<彼を砂漠に置き去りにする>を行ったのであるが、ロルフは信じられない光景を目にすることになる。なんとあの下半身不随であった、チャップが彼の目の前で立っているのだ!ロルフは首尾良く彼から目的の品であった<チャーミアンの金髪で編まれた護符>をロルフから奪いさり、首尾良く妻チャーミアンの元へと向かったのであるが……。1979年に書かれた作品で、1982年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストは株式会社光栄の歴史シュミレーションゲームのゲームパッケージのイラストレーションや平井和正さんの<ウルフガイ>シリーズの一連のイラストで有名な、生頼範義さんです。中央に金髪の魅力的な女性、チャーミアンがたたずみ、さらにその背後にはおそらく今回の敵の太守である<死者>ソムが、そして小さくではありますが、気球とヘリコプターのような物体が描かれております。そして副主人公的な役割を果たす太守チャップと血塗れた剣を持ったロルフが描かれております。
著者フレッド・セイバーヘーゲンについてはこちらをご参照ください。
今回は特に興味深いのは、太守チャップの描写の仕方です。むしろ本作品は主人公ロルフよりもチャップの行動の方が面白いです。物語はチャップとロルフ、そしてチャーミアンの3人を軸に進行していきます。下半身不随となり、かつての栄光を失い、囚われの身として苦節の日々を過ごしていた元東方の太守、チャップが元妻チャーミアンの依頼により、ロルフから護符を奪うように指令され、奪った後で、<死者>ソムの城塞にて様々な出来事が起こるのですが、ここでは読んでからのお楽しみということで、伏せておきます。ただ、後々出てくる<旧世界>の物品の一つである、<ワルキューレ>と呼ばれる機械は非常にユニークです。これは北欧神話に出てくるオーディーン(ドイツ語ではウォータン、『ニーベリンゲンの指輪』で有名ですね。)の娘たちであった<ワルキューレ>からきています。死後、闘いで死んだ戦士たちはワルキューレにつれられて、<ヴァルハラ>と呼ばれるオーディーンの館につれられて、神々の前で永遠に闘うという伝説がありますが、セイバーヘーゲンはこのことを意識して、<ワルキューレ>と呼ばれる機械によって戦闘によってクリティカルな怪我を負った戦士たちが、治療されて復活し、再び戦地に赴くという様は非常に神話をベースにしていて面白いです。
他にはもう一人の敵<獣王>ドラフットの存在(<ワルキューレ>を使って、戦士を復活させる人物)です。旧時代の科学的な存在と魔法的な存在が入り交じった世界、というのはその意味では不思議ですが、例えば魔法によって様々なことをその召喚したエレメンタルや霊によって実行させるという考えは非常に面白いです。無から作り上げるというのは我々の世界では不可能ですが、とにかくその非現実的な設定が非常にうまく生かされているのではないかと思います。確かに使い魔のような存在がいたとしたらどうなることになるか、わかりませんが逆にいうとティモジー・ザーンの『不思議の国トリプレット』のように魔法とテクノロジーの入り交じった世界というのはある意味、不完全なのではないかと思ってしまうわけです。やっぱり熱力学第一、第二法則が成立する意味というのを考えると、この法則が成り立っている世界に住んでいる私としては違和感を感じてしまうことがあるんですね。皆さんはどうでしょうか?