『アトムの子ら』



天才児と原子力発電所

あらすじ

 精神科医ピーター・ウエルスは、少年を注意深く見つめた。このティモシー・ポール(ティム)という少年の心理テストを担当の教員に依頼されたためである。成績はオールB、ごく平凡でおとなしい感じの少年だ。彼のどこに異常な点があるのだろうか?と思いながら心理テストを開始したのであるが、少年はウエルス医師の質問に対して、実に注意深く、慎重に答えている。疑問に思ったウエルス医師はこの子の保護者である祖母デヴィスの所へと話を伺うべく、訪問したのであるが、わかったことはどうやらとてつもない能力を秘めた天才少年であるということが判明してきたのだ。彼はどうやら、処世術によってそのことをひた隠しし、普通の少年のように振る舞ってきたようだ。彼はその若さにもかかわらず、祖父の蔵書、図書館から借り出せるすべての本を読破し、ペンネームで小説や論文を書き、ユニークな音楽の作曲、果ては建築士の資格まで持つ脅威的な天才児であった!どうやらそのことには15年前の原子力研究所の事故によって、突然変異が生じたということが関係しているらしい。

 そこで、ウエルス医師とティムはお互いに協力して、そういう天才児の少年にしかわからない広告を掲示することにしたのである。その結果、数人の人物が目指す人々と思われ、ウエルス医師は精神病院に入れられている少女エルシーに面会にいった。そこで彼女の担当医フォクスウェル医師と相談をして、彼女がまさにその人物であるということが判明し、フォクスウェル医師の協力の下、ティムは彼女と出会ったのである。彼女をウエルス医師は自分の恩師であるペイシ婦人に教育をまかせ、再び数人の子どもたちをチェックして、その子どもたちがティムと同じように天才児であることがわかり、ティムの提案の下、そのような少年・少女たちが集まる一種の天才児の学校を作ることになったのであるが……。


著者ウイルマー・H・シラス(Wilmar H. Shiras)と
作品について

 1953年に書かれた作品で、1981年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストは、原子力爆弾でお馴染みのキノコ雲が左隅に描かれ、右下にはティムが飼っているシャム猫が、そして中央にミュータントで天才児の少女(誰だかはわかりませんが)が描かれています。

 著者ウイルマー・H・シラスは1908年にアメリカのボストン生まれ。18歳で結婚し、ジェイン・ハウズというペンネームでノンフィクションを何冊か書いています。SF作家としては、1948年、アスタウンディング・サイエンス・フィクション誌に発表した本書の第一章に当たる「少年の秘密」"In Hidding"でデビュー。1949年3月「捜索」"Opening Doors"、1950年3月「新しい出発」"New Foundations"をアスタウンディング誌に発表して、この三篇にさらに2章を追加して長篇化したのが、この『アトムの子ら』です。本書以後、どうやらSFは書いていないみたいです。ちょっと情報が少ないので、こんなものですが、とりあえず女性作家ということもあり、実に繊細で心温まるミュータントSFの名作になっていると思います。


感想

 この作品は、ひとことでいうと「心温まる、少年と少女たちの友情を描いた青春小説」という所でしょうか。読み終わった後、一夏の楽しい経験をした少年・少女たちの思い出みたいな、特に子どもから大人になるあの過程への葛藤みたいなものをミュータントというSFを題材にした青春小説であったと思います。事実読み終わったと、なんとなく映画『スタンド・バイ・ミー』を想起させるような感じでした。ウエルス医師自体が非常に思慮深く、信用のおける、立派な医師であるということもあり、その秘密をひた隠しにできるような友達として、そして教師役としてこのウエルス医師を中心において、主人公ティムがその自分の特殊な能力と知能を生かして、いろいろなことをやることを暖かく見守るという感じを強く受けました。後半の仲間探しと学校での討論の部分は著者の哲学的な知識、心理学的な知識、そして宗教学的な知識(特にトマス・アクィナスの『神学大全』への影響を受けているのかな?と思いましが、随所アリストテレスやユングなどの哲学、心理学の巨人の名前や認識論についても言及されております)が、さりげなく使われており、シラスの広範な知識の一部を垣間みたような気がします。)

 本書の他にもミュータントSFの代表作といえば、フィリップ・ワイリ−の『闘士』(早川文庫SF)、オラフ・スティーブルトンの『オッド・ジョン』(早川文庫SF)、A・E・ヴァン・ヴォクトの『スラン』(早川文庫SF)などの傑作がありますが、これらの名作(近々レビューする予定ですが……)と共に古典ミュータントSFを挙げよと言われたら、ためらいなくお勧めする一冊です。個々の本については、後々別の書評で詳しく触れる予定ですが、本作品『アトムの子ら』はやはり、女性作家ということも関係してくるだと思いますが、とにかく「優しい気持ちで読める小説」です。テーマ的には人間社会から疎外されてもおかしくない人々を描いているのに、少年・少女たちの屈託のない性格がこの話を実に明るくしているのではないかと思います。私本人としては、「成長過程」を描いた小説が好きなもので、読み終わった後すごく満足しました。本作品も残念ながら、本屋では購入できません。古本屋で見かけたら、やっぱりためらわず買ってもいい1冊だと思います。


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