この「オマーン・ニュース」は、主としてオマーンて発行されている英字紙「Oman Daily OBSERVER」から抜粋してオマーンで起っていることを伝えるセクションです。

これ以外にも、他の刊行物やからも随時お伝えします。

また、オマーン関連の事業や集まりなども出来る限り、お伝えしようと思っております。

何かニュースをお持ちの方からも、情報をいただければ幸甚です。

 

 

オマーン・ニュース−NO.1

 

カブース国王は1970年の即位以来、毎年「ミート・ザ・ピープル」という巡幸を行っています。国政についての国民の声をじかに聞くために、国王はご自分で車を運転しながら地方を回られます。もちろんこれには大臣や国王顧問も同行します。屋外で野営しながらの旅で期間は通常1カ月ぐらいですが、今年は10月中旬から11月25日までの43日間の巡幸となりました。

国王は、この旅の中で国民と親しく膝を交えながら、国政の現状を説明し、将来展望とそのために国民に求められる覚悟などを話されます。

これは、11月18日の建国記念日に行われる演説と並んで、国王の考えを知る上で、とても重要なものとなっております。

10月30日付けの「オブザ−バ−」から、今年の「ミート・ザ・ピープル」における国王の講話を以下に抜粋してみました。

         

国王、海外からの投資誘致の促進を指示

国王は、10月28日に現在行っている「ミート・ザ・ピープル」巡幸の恒例行事として

ウスタ州及び他内陸州の国会議員・シェイク・高官や裁判官などと面談した。

国王は、「今回の会合は沙漠の中で開かれることとなったが、これは過去に例がない。沙漠は我々の先祖がそこで育んできた価値観や規範を思い出させてくれる。忍耐、寛容、不屈の精神などなどである。

これらは何事をやり遂げるにも基本的なもの、現在のみならず将来に亘っても、我々がまた我々の子孫が守り続けなければならないものである」と前置きして、2000年に臨むオマーンに対してグロ−バル化する世界の中で然るべき位置を占めるための指針を示した。

「現下の世界ではグローバル化は不可欠であり、各国にとって世界経済に参入することは、

その国にとっても他の国にとっても有益なことである。オマーンにはすでに必要な社会基盤は揃っているが、いまだ完全でも十分でもない。第一に総合的な発展のためには、まず政府と民間の協力が何よりも重要な柱である。成果はすでに上がっているが、そのための努力を倍増する必要がある。次ぎに、海外からの投資促進を進めなければならない。ただ投資を求めるだけでは、投資は得られない。投資を容易にすることが必要である。そのため、政府には投資手続きの簡素化を急ぐよう、また資本流入の阻害要因を除くよう指示してある」

また、国王はオマーンの若者たちの雇用機会を創設するための投資の重要性についても触れた。また「投資は我が国の発展、石油依存からの脱却に資する」とも述べた。また、若者に対しては、時間厳守と堅実さを求め、度重なる転職は好ましくないと説いた。

国王は観光の問題についても触れ、「オマーンでの観光開発は大いなる可能性があるとしながらも、オープンな観光よりも規律ある人々主体の観光に重点を置くべき」と強調した。

また、民営化を支持しつつも、「1部特定グループによる独占が起ってはならない」と述べた。

また、「単なる貨物運送というだけではなく、地方間のリンクとして、また投資・工業・観光促進に資する道路の重要性」に触れた。

さらに、「国民食料を支える観点からのみならず、オマーンの文化遺産と歴史に深く結び付いていることから、デーツ文化の重要性」についても触れた。

他方、合理的な水使用について、「全世界がこの地球上でもっとも貴重な水の節約を図っている」と述べた。

漁業について、国王は「この部門への投資に関する現存の法律の見直しを行う」と述べた。

国王は、「サラーラ港をコンテイナ−積み換えのハブ港として成果を上げており、世界で重要な港の一つに既になっている」と称賛した。

漁港については、「各地での建設の重要性が認識され始めている」と述べた。

国王は、参加者に「カルハートでのLNG装置の建設作業が順調に進んでおり、2000年初頭には予定通りLNG輸出がスタートする」と述べた。

また、ガス関連事業については、「多くのプロジェクトが調査中であり、経済的に実現可能となった段階で実施に移される」と述べた。

Y2K問題に対してのオマーンの準備状況については、国王は「オマーンが早くからこの問題に取り組んでおり、我々には影響がないだろう」と述べた。

オマーンにおける教育問題について、国王は「なんといってもスルタン・カブ−ス大の開校がこの部門でのハイライトであった。しかし、教育の道を広げるために、すでに4私立大学に設立許可を与えた」と述べた。

会合の最後に、国王は、賢明な指導者を持つ人々の誇りと国王の治世中に成し遂げられた功績をたたえる多くの詩に聞き入った。それらの詩は、毎年の「ミート・ザ・ピイープル」

巡幸に対する国民の喜びをも表していた。