2008年度舞踊批評家協会賞 本賞候補 推薦文

大森政秀「域─ZONE2008」7月26・27日 於・テルプシコール     中村文昭



 1970年代は舞踏が舞踏主義という理念を成立させて一時代を築いた。四つの柱がその時代を彩っている。一つは土方巽のアスベスト館、一つは大野一雄の白林聖堂、そしてその時代をもっとも特徴づけた二つの集団、一つは笠井叡主宰の天使館、一つは麿赤兒主宰の大駱駝艦である。大森政秀は若き舞踏の旗手として天使館で学び、やがて自らの「天狼星堂」をうちたてた。70年代からさまざまな舞台活動をしてきた。彼の代表作は、独舞の「アンモナイトの爪」である。70年代初頭から今日までこの「アンモナイトの爪」シリーズは二十数回にわたって公演し、好評を博してきた。大野一雄の評を借りれば、「大森政秀は誰もやっていないことをやっておる」と言える自らの孤高の道を進んできた舞踏家である。「域」もシリーズで、2005年の初演から数えて本公演「域─ZONE2008」は第四弾にあたる。「アンモナイトの爪」は自らの北の肉体を酷使した独舞公演であったが、この「域」は大森主宰の大森塾の弟子を巻き込んでのソロ・ペア・群舞という三層を巧みに構成したものである。第一回目の公演から安定した評価を得ていたが、今回の公演では大森政秀の真骨頂といえる女装の立ち方は両性具有の妖しく美しい存在感を観客にアピールした。歌舞伎の女形と違い、舞踏の女装は男としての性を赤裸々に示しながら自らの内なる女性をはぐくみ露呈させるという特徴をもつ。大きなリボンをつけて黒いドレスを着た大森政秀は、これまた彼のもっとも得意とするベートーベンの月光に合わせて踊った。剛胆さと少女の繊細さとが一音一音の中で変化していくさまは圧巻であった。
 北の地に生まれた宿命と誇りの象徴が、少年期、川遊びとしてのアンモナイト探しであった。このアンモナイトが彼の代表作である「アンモナイトの爪」シリーズに一貫して流れている主題である。大森政秀は北の鮮烈な孤独と雪のような優しい感性をもっている。今回の「域─ZONE2008」は、ソロ・ペア・群舞を組み込んだ総合的な作品としてこの時代に舞踏の一里塚を見事に刻んだ。この成果は本賞に値する。






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