宇藤茂泰さんからのお便り 2007.01.11


『夏の庭』拝読致しました。大変良いものでした。拙文ながら以下感想を記します。

こどもの頃、夏のラジオ体操の帰り道に、鮮やかなオレンジ色をした百合の花が咲いていました。その花は草深い窪地に隔てられた山の斜面に咲いていて、こどもの脚ではどうしてもそばに近寄れなかったのです。あの詩集を読みながら、あの花の鮮やかな色が心に蘇ってきました。きっとそれは、何もしなくても世界が美しく見えた、田舎の少年時代を象徴するものとして、私の中で結晶化していたのでしょう。「詩人の原風景を覗く読者は、いつしかその雲に運ばれ、忘れかけてた自らの秘密の隠れ家にたどり着く…」という中村師の言葉に似た体験を、私も持つことが出来ました。単に書かれてある 内 容 で感動させるだけでなく、詩にはまた心の水面に思いがけない波紋を呼ぶ作用もあるのですね。改めて詩の味わい方を学ばせて頂いた次第です。

あくまで個人的な感想としていえば、私は、あの詩集と同じ質感を持ったものを今までに一つしか見たことがありません。それは土方巽の『東北歌舞伎計画』です。しかも土方氏が描き出した世界は、私の幼年時代には既にかすかな痕跡しか残っていなかったのとは対照的に、例えば夏の庭に置かれた水槽の中の濁った水は、かつて確かにこの目で見たことがあるものだけに、一層生々しく心に迫ってくるものがありました。こんな言い方は非常に傲慢なのかもしれませんが、あの詩集は、自分が本当に読みたいものをまた一つこの世に見つけることができた、という満ち足りた気持ちを私に贈ってくれました。ありがとうございました。




えこし会の扉へ        『夏の庭』書籍案内